君に預けし心 3

 あまり経験のない塁に対して、雄のフェロモンばりばりの北条では、明らかに勝負にならない。
 暴れていた塁の身体から次第に力が抜けていき、吐息のような喘ぎが洩れるようになってくると、二人の唇からは濡れた音が聞こえてきた。
「んんっ……い、やっ」
 胸の突起をぐりぐりと指で遊ばれて、口付けの合間に塁が首を振る。
「いい、の間違いだな。こんなに感じやすい身体をして」
 ハンサムな顔をして、ニヤリと艶っぽく口元に笑みを浮かべるのはやめて欲しい。塁がそんな埒もないことを考えたとき、北条の手は下肢に伸びていた。
 ベルトを緩めて、下着とともにスラックスを下ろすまで、一体何秒かかっただろうという早業である。
「ひゃっ! ……やめ…っ…」
 色気のない塁の反応にも構わず、一番繊細で敏感な部分をむんずと掴んで、萎えていたそれの反応を引き出そうとする。
「嫌…だって……ん…ふぅ…っん……」
 理性では嫌がっていても、直接与えられる刺激に感じないほど鈍感でもなかった塁は、そこがゆっくりと頭をもたげてくるのを感じて、屈辱感にわなないた。
 北条は自分の体重で半分塁を押さえているだけのようなものだが、彼のみっしりとした実用的な筋肉のついた身体は力強く、もがいても動くスキさえないくらいなのだ。
 全裸の自分とは違い、まだほとんど服装を乱していない北条が悔しくて、迫力などまるでない大きな瞳で、それでも屈しないとばかりに上からのしかかる北条を睨みつける。
「ほう……。いい瞳をするな……」
 北条はこの上なく男くさい笑みを浮かべた。
 例えるなら、大型の肉食獣がこれから獲物を屠ろうとする舌なめずりに似ている。
「そういう態度が男をそそるって、知らねぇのか」
 そして北条は枕元にあったジェルを手にとって、堅い塁の蕾にあてがった。
「い…痛い…っ……」
 指が一本入っただけで、実際のところは痛いというより異物感の方が勝っている。
 しかし、北条はまたジェルを足した指を二本に増やし、また秘所に差し入れた。これは本当に痛みを覚えて眉をしかめたが、もとより頓着するような北条ではない。
 たっぷりとジェルを使い、指も三本出し入れするようになると、そこからはぐちゅぐちゅと濡れた音がして、塁の羞恥心を呼び覚ました。が、それも長続きはしなかった。
「息を吐け」
 なんだか分からないままにその通りにすると、タイミングを合わせて指よりさらに太くて堅いものが塁の秘所に進入してきた。
「ひぃっ……い…やっ……抜い…て……んんっ」
 カリの一番太いところを飲み込ませると、塁の腰を掴んでぐいっと一突きする。
「あああっ……」
 のけぞった塁の喉元に噛み付くような痕をつけて、北条は獣のように笑った。
「全部入ったぞ」
 そして、軽く揺すると塁の肢体はびくりと震えた。
「……うごか…ないで……っ…ぬ、抜いてっ」
「出来るか」
 身体の最奥にどくどくと脈打つ熱いものを感じて、塁は頭がどうにかなりそうだった。
 しかし、余計なことを考える間もなく、北条がさらに奥を突いてくる。
「ああっ……くぅ…んっ………は…ぁっ…」
 北条が突き上げるたびに洩れる喘ぎは、もう止まることがなかった。
 それだけ北条の攻めは執拗で、またそうするほど塁の締め付けは良かったのだ。
 力の入らない塁の左足を持ち上げて、さらに深く突きいれたかと思うと、一度抜くかというくらいに己の楔を引いて、一気に奥まで貫く。
「はあぁ……っい…やっ……うぁっ……」
「なにが嫌だ。絡み付いてくるじゃねぇか」
 下品な北条の言い分など、ほとんど言葉として耳には届かない。
 北条が突き上げるときにジェルの濡れた音がぐちゅぐちゅいうのがたまらなく塁の羞恥心をそそるのだ。ありえない場所に男の牡を挿入されているということもショックだが、それよりも身体の痛みの方が今は塁を苛んでいた。
「ああぁっ! ……あぅ……っ」
 北条が塁の左足をさらに持ち上げ、彼の身体を横臥させると、腰を持ち上げて横から貫いたのだ。
 突かれる角度が変わって、それがまた辛い。
 当然、締め付けもきつくなったのだろう、北条も形のいい眉をひそめている。
 しかし、口に出して言ったのはこんな言葉だった。
「身体も素直じゃねぇか。気に入った」
 北条の大きくて硬いものはきつく進入を拒んだ塁の最奥を何度も蹂躙した。
 もう塁は、ただひたすらこの時間が早く過ぎてくれることを願っていたが、北条はあいにくそうではなかった。
 声もかすれてきた塁の秘所をじっくりと眺め、濡れているそこを満足そうに眺める。
「おまえは俺のものだ」
「………あ……もうっ……」
 意識せずに潤んだ瞳で見つめられた北条は、塁の中でさらに脈打って大きくなった。
「あぅっ……い…たい………あぁ」
「塁が誘ったんだぜ」
 にやりと雄の笑みを閃かせると、北条は大きく抜き差しを開始し、最後にひときわ深く貫いて塁の中で吐精した。
 最奥に暖かいものがどろりと流れてきたのを感覚では分かったものの、もう指一本自由に動かせないほど肉体的にも精神的にも疲れていた塁は、そのまま気を失ってしまった。
 汗の張り付いた額にかかる前髪を梳きあげてやる。
 童顔ではあるが、実際にまだ若い。
 塁のことは、会社の入り口でぶつかったすぐ後に、調べ上げていた。
 23歳の新人営業で、本人の努力にもかかわらず、営業成績はあまりよくない。しかし、人柄はいいようで、社内の女子社員などには受けがいいらしい。
 田舎から大学合格とともに上京してきて、就職後の今も同じ安アパートに住んでいる。付き合っている女の影はなく、いたって平凡といったところだ。
 あの時、ぶつからなければ北条との接点など何ひとつないまま、知らない同士で終わったことだろう。
 自分を見上げて礼を言いながら屈託なく笑みを浮かべた塁の顔を見て、北条は目が離せなかった。何故なのかを考えて、単純に塁を気に入ったからだと分かった。
 北条が気に入る人間は少ない。
「───塁、おまえは俺のもんだ」
 北条はそう呟いて塁の顔をじっと見つめる。
 それから身じまいをすると、スーツの上着をいまだ気付く気配のない塁にかけてから、外に声をかけた。
「杉本」
「はっ」
 呼ばれて、杉本が入ってくる。
 なにが起こったか一目瞭然の室内を見ても眉ひとつ動かさない。
「部屋の用意はいいか」
「はい、いつでも」
「今から塁を連れて行く。それからこれをこいつの会社に届けろ」
 と、塁にちらつかせていた小切手を渡した。
 塁に集金に来させたのだから、彼に持って帰ってもらうのが一番いいに決まっているが、こうして潰れてしまったのだから仕方がない。このまま塁に預けても北条は構わないが、数百万円の小切手を塁が持ったままというのは、塁の立場を悪くしかねない。
 そのため、届けようというのである。
「分かりました」
「裏に車をつけろ。塁を運ぶ」
「はい。では若い者をよこしますので……」
 と言いかけた杉本を、北条はさえぎった。
「こいつは俺が運ぶ」
「──分かりました、すぐに」
 杉本は一瞬返事が遅れてしまったほど、内心では驚いていた。
 今までのどんな愛人でも、北条が自分の手間をかけたことはないのだ。抱いた後はほとんど放置と言っていい。その北条が、自ら気を失った男を抱いていくというのである。
 これはいい変化なのか悪い変化なのか、杉本は掴みかねていた。




「……ん……」
 適度にのりの利いた上等のシーツは肌触りもよく、気持ちよかった。
 塁はもぞもぞと羽根布団の中で動き、重いまぶたを開けるために目をこすった。
「…ここって……どこだ?」
 見たことのない部屋である。
 だいたい、どうして自分はここに寝ているのだろう。確か昨日は集金に行って、社長室に行けと言われて──。と、そこまで考えたときにすべてを思い出した。
「あ、あ……」
 呆然としてがばっと上半身を起こしたとき、あらぬ痛みが局所と腰に走る。
「つぅ……」
 羽根布団が滑り落ちた肌にはなにも身につけていず、思い出したくもない現実を思い出し、ますます羞恥にかられてしまう。
「お目覚めですか。あいにく、社長は外せない会合がおありでお出かけですのでわたしが加賀見さんを任されました」
 ドアを開けて声をかけてきたのは、杉本だった。少なくとも、知っている顔だったことにほっとする。
「あの、俺の服は……」
「今、用意させます。ほかに必要なものがありましたらなんなりと申し付けてください」
「いえ、そんな……」
 塁はまだ混乱していた。どうしてここに杉本がいるのか、そして塁の服を用意したりするのか、まるで分からない。
「ここは、どこなんです?」
「あなたの部屋です」
「……は? 俺のアパートじゃないですよ」
「これから、あなたの部屋になると申し上げたのです」
「それはどういう……?」
「必要なものはすべて揃えてありますし、あなたのアパートも解約して、別の部屋に荷物も運び入れてあります」
「ええっ?」
 寝耳に水とはこのことである。
「いったいどういうことなんですか? 解約なんて知りませんよ!」
「社長のご意向です」
「……北条さんのって」
「加賀見さんは、社長が緑水会の会長をしてらっしゃることはご存知ですか」
「り、緑水会の会長ってまさか」
 おっとりとした塁でも聞いたことのあるヤクザの名前である。広域指定暴力団山里組傘下の二次団体、緑水会は資金も潤沢で山里組組長の覚えもめでたいという。
「そう、ヤクザと世間は言いますね。昔風の言い方をしますと、北条組長ということになりますか。我々は会長と言っていますが」
 淡々と話す杉本の言葉を聞きたくないとは思うものの、聞かなければそれもまた怖い気がする。

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