君に預けし心 6

 グリーン興産とは違うビルの一室で、重々しい樫のデスクの横に立った杉本が、数字が羅列されているパソコンのモニタから目を離さない北条に報告をしているところだった。
「黒岩組の若頭から、シノギの件で連絡が入っていますが」
「伸ばしてくれっていう話なら聞く耳ないと言ってやれ。期日までにきちんと収められねぇのなら、いつまで若頭を張っていられるか、知らねぇってな」
 北条は切ると言ったら切る。
 それは緑水会の保護も切れるということになり、小さな組には死活問題となるのだ。
 北条なりに計算した額の上納金しか求めてはいないのだが、それさえ出来ずに愚痴を言う暇があったら稼ぐためにどうすればいいかを考えろ、と北条はいつも思う。
 北条がここまでのし上がってきたのは、その度胸と資金力がものを言ったからである。加えて、天性のカリスマ性。これは誰にも真似ができないだろう。
「分かりました。それから御子柴組の組長がこちらにいらしていて、会長と席を設けて欲しいとおっしゃっています」
「御子柴のオヤジか……」
 御子柴組は、緑水会と同じく山里組傘下の組で、その組長、御子柴は北条と同じ直参だ。つまり、関東でも一、二を争う規模の広域指定暴力団山里組組長と直接盃をかわしたという意味である。
 北条のような若さで直参というのは他にはいない。
 そのため、敵も多いのだが、逆に若い舎弟たちには憧憬とあいまって人気があるらしい。北条個人にとってはどうでもいいことだったが。
 御子柴は、年齢はずいぶん上だが数少ない北条の理解者であり、その彼を無碍にも出来ない。
「いつまでいる?」
「あと四日ほどだそうです」
「それなら明後日だな。あのオヤジは糖尿だそうだから和食のさっぱりしたやつがいいだろう」
「手配します。それと、これは御子柴組長の希望だそうなんですが、会長のいい人を紹介して欲しいと」
 ヤクザは情報が命である。
 北条が新しくマンションを整えて迎え入れた『愛人』のことなど、調べがついているということだ。しかし、北条は塁を同業者の目に触れさせるつもりはなかった。本人が望まないだろうからである。
「それは駄目だ」
 杉本は北条の返答が予想できていたので、すぐに了承した。
「分かりました」
 ここしばらく、公私共に充実している会長のその源が何かくらいは、杉本も気付いている。あの、ごくごく普通に見える塁を手元においてからの北条は機嫌がよく、仕事にも意欲的だったし、そのせいかいろいろとうまくいっているように思える。
 現実的な杉本は、それが塁のおかげと言うつもりはないが、彼の好影響だということは承知している。なにより、杉本は尊敬している北条がよければいい、というスタンスだったので、塁の気持ちなどは斟酌しないのだった。




「……あぁ…んっ……もぅ……許し…」
「もう音を上げんのか」
 北条の硬くて太い楔が、塁の秘所に深々と入り込んでいる。
 もう一時間はそうして塁を苛んでいるのに、一度達したくらいでは終わるわけもなく、後背位から正常位へと変わっても、肉棒の熱さは変わらなかった。
「もう……い…やっ…」
「イヤだと? 言ってくれるじゃねぇか」
 口元をくせのある笑みの形に歪めながら、塁のいいところを突く。
「ああぁっ!」
 首を振るたびに、塁の黒髪がぱさぱさとシーツを叩く音がする。
 白い肌には北条が残した赤い鬱血のあとがいくつも散らばっている。
「おねだりしてみろよ。やり方は教えただろ」
「はぁ………んっ…」
「ほら、言えよ」
 涙に潤んだまなざしで北条を見上げる。
 いかにも余裕があるような北条に、ここで意地を張ったら自分が辛い目に合わされるだけなのはもう充分に学習していた。
「亮司…さん、お…願い……」
 北条から教えられた『おねだり』には、その後にいろいろ卑猥な言葉が連なっていたのだが、それを口に出来るほど塁はさばけていなかったし、自我を失ってもいなかった。
「しょうがねぇな。その瞳に免じて許してやるか」
 塁の潤んだ瞳で見つめられるのが、北条は好きだった。すがるものが自分しかないと言われているようで、じっと見つめられると実に気分がいいのだ。
「俺に掴まってろ」
 と言うや否や、塁の背中を抱き上げて座位になる。
 当然、自分の自重で北条を飲み込むことになった塁は、予測しなかっただけに大きく背をしならせてその刺激を受け止めるしかなかった。
「ああっ……ひど……ぅっ」
 文句を言う赤い唇を自分のそれでふさぎ、塁の希望通りに激しく突き上げて快感を追った。
「あぁっ……深い…っ……んっ……」
 のけぞった塁の白い喉に噛み付くような口付けを与えて、北条は塁をひときわ深く貫くと、その熱い内壁に二度目の精を放った。
 塁の力の抜けた肢体をベッドに横たえ、彼の呼吸が収まってきたころ、北条は明日の夜は遅くなる、と告げた。
 御子柴に会う予定が入っているし、あのオヤジは若い女が好きなので、食事の後はクラブくらい付き合わなければならないだろうから、塁を一人にすることになると思ったのだ。
「ふーん。帰ってくるの?」
 その返事が北条には面白くない。
「帰って来ないほうがいいってのか」
「そういうわけでもないけど……。だってこのマンションのほかにも家があるみたいだから、そっちが近かったらそっちに行くのかなと思っただけだよ」
「俺が塁のほかにも誰かを住まわせていると思ってんのか」
「杉本さんは、いないって言ってたけど」
 それは本当だ。
 塁のように、無理やり連れてきて囲うような真似をしているのは誰もいない。囲って欲しいと思う女は大勢いるだろうが、あいにく北条の方でその気になることがなかった。
 他に北条名義の部屋がいくつかあるのは本当だが、それは女を囲うためではなく、身の安全のためだった。北条くらいになると、どこかの組の鉄砲玉が命を狙ってくることもあるので、居場所を知られにくくするための手段でしかない。
「妬いたか」
「俺がなんで?」
 と口では言ったものの、北条が他の誰かを抱くと考えたとき、少しだけ胸が痛くなったことは事実だ。
 深入りしたくないと思っていたのに、いつのまにか身勝手な男は塁の心にも入り込んできている気がする。危険な兆候だった。
 寿司屋の前でかばってくれた一件以来、北条のことを見直している自分がいる。
 あの時、一人にして悪かったと謝ってくれた北条の気持ちは本当だと信じることが出来た。そして、それが嬉しかった自分の気持ちも複雑に変化してきていたのだ。
 だが、それを北条に言うことはできない。
 彼が飽きるまでなのだと、塁は固く信じているのだから。
「かわいくねぇな」
 北条はにやりとくせのあるいつもの笑みを閃かせた。
「明日の分ももっとかわいがってほしいってことか」
「えっ、そんなこと言ってな……い……はぁあっ」
 すでに熱く猛っていた楔が、ぐいっと塁の中に入り込んでいく。
 先ほどまでの精液が潤滑剤になって、濡れた音を立てて北条を迎え入れていた。
「遠慮すんな」
 うそぶく北条に翻弄された塁は、もはや逃れることも出来ずにまた付き合わされるはめになってしまったのだった。




 翌日、塁は起き上がれなかった。
 散々啼かされたため喉は痛いし、涙で目も赤い。当然、腰も挿れられ続けた秘所も痛くてとても仕事にならないと思った塁は、仕方なく会社を休むことにした。
 塁をこんな状態に追いやった男は、今朝も早くから出かけたらしい。
 その地位のゆえか、北条は毎日忙しそうだ。
 あとから知ったことだが、北条は月に一度程度しかグリーン興産には顔を出さないのだという。そんなときに偶然、入り口前で出会ってしまったのは運がいいのか悪いのか。普通に考えれば後者なのだが、北条という男を憎めなくなっている塁の口から出るのは溜息ばかりだった。
 北条はああ見えてまめなのか、抱いたあとの始末もしていてくれるらしい。
 北条の体力についていけない塁は、終わったときにはもう忘我の境地にいることが多いからよく覚えていないが、濡れタオルで身体を拭いてくれているのは、さらりとした肌の感触で知っている。
 それでもシャワーを浴びようと身を起こすと、最奥からなにか滴り落ちそうで、慌てて浴室に向かう。
 中に出されると後始末が苦痛なのだが、これはいくら言ってもやめてもらえない。
 シャワーを浴びてバスローブを着て出てくると、水音を聞きつけていたらしい市橋が居間で待っていた。
「塁さん、食事の支度が出来てます」
「あ、ああ。ありがとう」
 市橋は、ここに来てからの塁の言動で、彼に好感を持ったようだった。市橋に対する態度と北条に対する態度が変わらないのが、嬉しかったらしい。それどころか、北条に対しての方が、塁はぞんざいなくらいだ。
「市橋君も一緒に食べない?」
「とんでもない、会長に殺されます」
 本当に恐ろしそうに首を横に振る市橋に、塁は微笑んだ。
「そんなわけないじゃない」
「そんなわけありますよ。塁さんは知らないでしょうが、会長にあれだけ言いたい放題言って何もされないのって塁さんだけなんですからね。普通のヤツが同じこと言ったら、死んだほうがマシってくらい痛い目にあいますから」
「……そうなのかな?」
 首をひねりながら、市橋が用意してくれた朝食を始める。せっかく用意してくれたものが冷めてはもったいないからだ。

back next